高校時代はFC岐阜U-18でプレー。高校卒業後はJAPANサッカーカレッジを経て、アルビレックス新潟シンガポール(シンガポール1部)へ。その後、東京都社会人サッカーリーグ1部のHBO東京でプレー後、ドイツの6部リーグのFC Pommern Stralsundへと移籍した野尻隆哉選手。そんなドイツで奮闘する野尻選手にお話を伺ってきました。

―ドイツでの1年目という事ですが、もう慣れましたか?ドイツと日本、サッカーと私生活に置ける違いは何でしょうか?
 もうすっかり慣れましたね。食事や言葉の違いはもちろんありましたが、事前にわかっていたことです。言葉は簡単なコミュニケーションならドイツ語で取れるようになりました。ただ不自由がなくなるのにはまだまだ時間がかかりそうです。ドイツの冬の寒さや、天気の悪さは想像以上で苦労しました。
 サッカーに関しては僕が所属しているチームは6部リーグなのですが街にスタジアムがありクラブハウスがあり、熱心なサポーターの前でプレーすることができます。地元テレビ局や新聞社によって試合のことが報道されることもあります。日本と比べると下部リーグの規模の大きさに驚きます。ダービーマッチで試合前に発煙筒が焚かれたのは衝撃でしたね。

―海外に出ようと思った動機は何ですか?
 中学生の頃から漠然と海外でプレーしたいという気持ちがありました。高校時の海外遠征を経て、日本との文化の違いやサッカーの違い、身体能力の違いを感じ海外への興味が増しました。ユース時代の先輩が何人か海外へ渡っていたことにも影響を受けたと思います。

【次のページ】 野尻選手の来季への意気込み