卒業生でもある内野慎一郎監督は学校関係者や先人に感謝を語る(写真=河野正)
ピッチ増設は、もう30年以上前からの悲願でもあった。
第2グラウンドにゴールポストを設置したのが1987年末で、それから主に土日、祝日の練習で使うようになった。武南を全国区の強豪に栄達させた前監督の大山照人さんは、グラウンド拡張に向けて隣接する土地の購入を学校側に依頼したが、地主との交渉が難航し何十年も棚上げされたままだった。
春先から盛夏を迎える頃には雑草がはびこり、刈り取り作業は年中行事となる。90年に武南の教員となった新田智幸GKコーチは、「5月から8月は弁当持参で草刈りをしたものです。背丈ほど伸びていたので長い時は一日がかり。父母にも協力してもらいました」と裏話を披露する。
大山さんはグラウンド整地とも格闘している。水はけが良く、雑草が生えにくい岩瀬砂という茨城県産の山砂を購入。夏合宿で懇意にしていた苗場の知人に手伝ってもらい、ダンプカー数台で運んではグラウンドに岩瀬砂を入れたのだ。
卒業生の内野監督も何度となく草むしりを経験し、土や砂を入れ替えローラーがけする大山さんの苦労を見てきた。それだけに新サッカー場造成に当たっては、ピッチをいたわる思いが真っ先に募ったのだろう。「理事長をはじめ、参事や校長、事務長といった学校関係者に感謝したい」と話すと、「完成に至ったのは大山先生の長年の功績とご苦労のおかげです。これから恩返ししていきたい」と言葉をつないだ。