桐光学園の決勝でも闘志溢れるプレーを披露(写真=多田哲平)
この全国大会に入る前まで明秀日立はキャプテンを定めず、部長はDF若田部礼(3年)、そしてリーダー格が山本を含めて5、6人いた。ゲームキャプテンも日によって持ち回りにしている時期もあった。それでも山本は常にキャプテンの自覚を持って過ごしていた。
「新人戦の時からディフェンスの中心としてだけでなくチームの中心だという自覚はありました。誰よりも声を出していた自信があったから、関東大会の前に『ゲームキャプテンは自分がやりたいです』と、そう伝えました。でも、おそらくその時には監督にはある程度考えがあったんだと思います、『関東大会後にまた詳しく話す』と言われたので」
ところがキャプテンを決めずに臨んだ関東大会予選では2回戦の霞ヶ浦戦でまさかの早期敗退。インターハイ予選のシード権を掴むことができなかった。実は関東大会の前からチームには様々な問題が起きていたのだという。山本はその時期を回顧しながら明かす。
「サッカーに集中する環境がまだ作れていなかったんです。まず自分たちがどうありたいか、それが整理できるまで練習をしないと。だから練習着にも着替えず、みんなで教室に集まって、真剣にどういう部活にしていきたいかを話して、自分たちに向き合いました」
関東大会後に2週間、チームは練習をストップ。内省の時間を作り、サッカー部がどうあるべきかを見直した。その間、山本はトップチームだけでなく各カテゴリーのリーダー格の選手を集めて話をしたり、時には学年ごとに話し合いをさせて責任感を持つよう促した。
「大変でしたね。僕の目が届かないところでも問題が起きてしまっていたし、それをどう改善するかは難しかった。各カテゴリーのキャプテン一人ひとりを集めて話したりもしました。でも、そうやってみんなで話し合ったからこそ、『本当に強いチームは面と向かって強く言える、そういうチームを目指したい』とチームの方向性が定まった。それがあったからインターハイは地区予選からいい形でいけたんだと思います」
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