日大山形の中園校長と日大藤沢の佐藤監督(写真=古部亮)

 9月6日、時之栖スポーツセンターにて21チーム22校が参加し3日間で行われた日本大学体育大会(高校の部)サッカー競技会が閉会し、決勝で予選リーグから無敗の日大藤沢(神奈川)が、長野日大(長野)を2-0で退け6戦31得点無失点で2019年大会以来の優勝を果たした。

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 この大会は全国から日大付属高校サッカー部が集まり行われる。第1回大会が行われた昭和50年から今年が49回大会(中止3回)と歴史も古い大会だ。今年は日大藤沢がインターハイ全国3位の強さを見せつけ見事に優勝。日大藤沢と対戦したチームは全国のレベルを体感し、何ものにも代え難い経験を得たことだろう。

 約50年前に始まったこの大会は第1回大会で優勝した日大三島(静岡)、第2回大会優勝の日大山形(山形)、第3回大会優勝の日大高(神奈川)と初期はこの3校が大会を引っ張り、その後は11回大会で初優勝を飾った日大明誠(山梨)、平成に入ると佐野日大(栃木)と日大藤沢が台頭。その時代によって力を付けたチームが日大ファミリーを牽引してきた。

 開催場所も各校持ち回りから、東日本大震災の影響で中止となった第37回大会を契機に第38回大会からは時之栖での集中開催に変更となり、現在の大会の姿に。その開催場所変更に携わった日大山形の中園健二校長は「様々な候補地が挙がりましたが、北海道から九州までチームがある中で中間地点の時之栖がいいだろうと。グラウンドも同時に6面使ってリーグ戦もできて、グラウンド整備、食事、トレーナーも整っている。安全面でも一箇所集中開催の方が良いだろうと。先輩方にも協力をしてもらいながら、大学の方にも認めてもらうことが出来ました」と当時を振り返る。

 こうやってグランド整備などで開催場所となった会場の生徒たちに負担が掛かってしまっていた状況を改善し、開催時期も7月から9月に変更。選手権前に選手や指導者も切磋琢磨できる環境を整えた。

 自身も監督として日大高を30年率いた経験を持ち、神奈川県の技術委員長、国体のコーチや監督も務めた中園校長は「今回で時之栖での10回目を迎えて、予選リーグ、決勝トーナメント、順位決定トーナメントと2泊3日の中で内容の濃い大会になってきています」と大会の質が向上していると話し「それを継続する中で、OBによる選手への技術指導や、指導者の講習や研修をやったりして、選手も指導者も大会を通じて研鑽したり学びがあったりと、その年ごとにテーマを持って発展させていきたい」と話す。

 さらに「今年は宮崎と藤沢がインターハイに出場しましたが、そのチームがベストメンバーでこの大会に参加してくれる。普段は全国レベルを経験できないチームがそういったチームと胸を合わせることで掴むものがあったり、肌で感じられるものがある。ひとつの目標、全国という物差しを付属校で共有できて切磋琢磨できる」と日大ファミリーだからこそできる経験があると力説する。

 大会期間中は懇親会も開かれ、指導者同士がサッカー談議に花を咲かせた。新しい世代の指導者たちが今大会の幹事校でもある日大藤沢の佐藤輝勝監督を始め、この大会を牽引してきた先輩たちの話を真剣に聞く姿もあった。

 ここで指導者同士が交流を持つことで、個別の練習試合が組まれることに繋がり、地域別で大会が開かれることもあるという。そういった意味でもこの大会の持つ意味は大きい。

 「選手たちも今はライバルで敵同士ですが、大学に入った時に同じ学部になったりもするんです。その時に『時之栖に行ったよね』という話になって、時之栖というのがキーワードで大学で繋がったり。こういう付属校の連携だったりファミリーだったりはここから繋がっていくんです。こういうサッカーを通じた出会いと縁を凄く感じますし、日大付属でしか味わえないものがあると思っています」

 各チーム、規模もレベルも様々ながら、ファミリーという絆で繋がる日大付属。来年で節目の第50回大会を迎えるこの大会は日大ファミリーの絆を継承し、選手と指導者が切磋琢磨できる大会として今後も発展していく。

 (文=会田健司、写真=古部亮)

▽日本大学体育大会(高校の部)サッカー競技会
日本大学体育大会(高校の部)サッカー競技会