鈴木 自分が若い頃、当時フォワードが後ろに下がってくるとかは、まだあんまり求められてなかった。でも、自分がそうやって後ろに下がって守備したときに、「これ、中盤とか最終ラインの選手をすごい助けているな」っていう感覚があって。その助けているっていうことがすごく自分のなかでも嬉しくて。
当然、攻撃で点数を取るのもよかったんだけど、守備も走れればできるから。けっこう体力には自信あったんで、すごく下がって守備をしていて、それによってチームがうまくいっていた。
守備も固くなるし、点数も取られないし。そこからパワーを出して前に行けば、攻撃にも参加できるしっていう形で、いい結果が出てたのが始まりかな。
岡崎 感覚的に、チームメイトからは「ありがとう」的なのも結構出てきていたとか。
鈴木 言葉では言われていなかったけどね。
岡崎 「ナイス!」みたいな。でも、そういうのはあるじゃないですか?
鈴木 でも、試合中、自分で分かるじゃん?
岡崎 はい。
鈴木 戻ったときに自分がいい守備してあげたりとか、追い込んだりとかすると、楽になってボール取れるので。
岡崎 そこでそのあと(ボールを)取って。けど、体格がいいじゃないですか?
鈴木 はい。
岡崎 本当だったら張るタイプじゃないですか?
鈴木 そうだね。
岡崎 それがすごいですよね。
鈴木 あのね、柳沢って体力なかったの(苦笑)。
岡崎 そうなんですか?
鈴木 その当時、俺は体力あったんで、結局走ってもそんなに疲れなかったの。それで守備にもけっこう走って、後ろに戻っても前に出て行くパワーがあったから。
だから、自然とそういう流れになったというか。そういう役割でいくみたいになって、基本的に前で柳沢が張ってて、俺が戻って“つなぎ役”みたいな感じでやるようになって。
すごくうまくいって、その年に全部のタイトルを初めて取った。Jリーグで3冠(Jリーグ・天皇杯・カップ戦)を全部取ってうまくいったから、これで間違いじゃないだろうっていうのは、自分のなかで確信が持てて。それから、そういうふうに(DFW として)やるようになったのかな。
なお、この対談の詳しい模様はこちらから視聴可能となっている。