高校サッカードットコムをご覧の皆様、初めまして、カンボジアのプロサッカーチーム、BBU(Build Bright United)でプレーしている山形雄介です。
今回海外挑戦というコーナーのお話を頂き、僕以上に海外でのプレーを経験されている方がたくさんいる中で、僕の経験値で皆さんの求められているものに対して十分な内容をお伝えしていけるかと思う所はありますが、将来の選択に向き合っている方々へ少しでも参考になるような内容にしていけたらと思っています。宜しくお願いします。
出来るだけ自分が感じ、考えたことを素直にお伝えしたいと思うので、夢や希望、そして不安や現実、それも含めて僕が直面したこととして、広く見て頂けたら嬉しいです。
まずは僕、山形雄介がそもそもどんな奴だ?ということから始まると思いますので、簡単な自己紹介をさせて頂きます。少し長くなりますが、「選択」が本コーナーの大切なポイントだと思うので、その点については当時の心境も含め書かせて頂きたいと思います。
僕は岩手県で生まれ、宮城県仙台市で育ちました。中学、高校は、FCみやぎバルセロナでプレーしていました。FCみやぎは僕の代が創設2年目で、ユースのスタートは1つ先輩の1期生4人でした。1期生のおかげで僕らは高1の時から大会に出場でき(加盟1年目は大会に出られないので)、クラブユースの全国大会にも出場しました。ポジションは中3の時から現在までずっとセンターバックですが、高3の1年間は左サイドバックとしてプレーしました。その時に左足でのキックが出来るようになりました。違うポジションを経験してプレーの幅も広がったかなと思います。
そして皆さんにとって一番興味があると思われる高3の進路ですが、僕は大学進学を選びました。セレクションをという名の練習参加を経て、中央大学に入学しました。
今では選択肢の一つとして「よくあるもの」になりましたが、当時は大学進学となるとプロに行けなかった選手が行くもの、もしくは、プロでやれないレベルではないけど、将来を考えた上での選択肢、という感じがあったように思います。念のためお断りしておきますがこれはあくまで当時の僕の主観です。将来の人生設計を考えて大学へ進学することは立派な選択の一つですし、そもそも選択自体の優越はないと思います。