前園真聖(左)と遠藤彰弘氏(右)

 鹿児島実業(鹿児島)から1994年に現横浜F・マリノスに入団。“マイアミの奇跡”で知られる1996年のアトランタ五輪では背番号10を背負った遠藤彰弘氏にお話を伺った。

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ーー遠藤さん語る上で、やはりアトランタ五輪というのは欠かせないものだと思いますけど、 何か思い出深いことはありますか

 いや、もうぶっちゃけプレイできるような状態じゃなかったのですよ。実はアキレス腱がボロボロになっていて。実際アトランタの1戦目はアップ前、試合前、ハーフタイムと3本注射打ちましたね。それでも出たかったというのがあって、「もうこれでサッカー終わってもいいや」っていう覚悟でドクターにお願いしました。そんな状態でやりながら、目の前にロベカルやリバウドもいたので、もうなんかいまいちよく覚えてないです(笑)。

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