現在高校サッカー界で、急成長している昌平高校男子サッカー部(埼玉県)と同じスタイルで、女子サッカー界に一石を投じ、革命を起こそうとしているのが昌平高校女子サッカー部の芳賀大祐監督。「目標は男子サッカー部、女子サッカー部ともに日本一」だ。

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 「元々はFCみやぎバルセロナというジュニアユースチームにいて、中学生の指導をしていました」という芳賀監督。指導者人生をスタートさせたというFCみやぎバルセロナは、元日本代表の香川真司を輩出した、個の育成に定評のあるチーム。そこで指導している時に現在の昌平高校男子サッカー部監督の藤島崇之と出会う。

 「藤島監督が青森山田中学の監督をやっているときに、同じ東北という事で大会などで一緒になったり、試合をしたりと交流があったんです。そんな中、僕自身は指導に悩み一度サッカーから離れて一般企業に就職したんです。その勤務地が埼玉の川越で。それと同じくらいのタイミングで藤島監督が青森山田中学から昌平高校に移ったんです。同じ埼玉にいるという事で久しぶりに藤島監督と再会をしました。その中で昌平高校がサッカーを強化するという話をしてくれました。当時はサッカーに戻ることを本当に悩みましたが、考えれば考えるほどサッカーが恋しくなり、外部コーチとして昌平高校サッカー部にお世話になることにしました」。

 しかし当時の男子サッカー部は、土のグラウンド(現在は人工芝)で、選手集めも苦労し、試合をしてもほとんど勝てなかったという。そんな苦労を重ねながら、男子サッカー部の強化を進めていったが、2011年の東日本大震災を経験し、芳賀監督にある想いが強くなる。

 「あの大震災で、以前お世話になった宮城に対して恩返しをしたいという気持ちが強くなりました。ただ昌平高校でも途中から教員として採用していただいていて…。タイミング的なこともあり、いろいろと迷いましたが、2013年に再び宮城に戻り教師として勤務することにしたんです」。一度昌平高校を離れて、宮城に戻った芳賀監督はそこで女子サッカーに出会う。

昌平女子サッカー部 芳賀大祐監督

 就職した宮城の高校で女子チーム立ち上げの話が持ち上がり女子高校生の指導を始めた。「男子とは違う部分もありましたが、本当にやりがいを感じました」と語るように、芳賀監督は女子特有の悩みに直面しながらも、自身の育成の信念である「個の育成」を重視し、女子サッカーの指導や発展などに邁進。宮城県内で5年間指導をする。

 その後、宮城の高校を離れることになり、「様々な想いを抱えていた中、以前お世話になった藤島監督とお話をさせて頂く機会を作ってもらった」芳賀監督は藤島監督や学校に自分の考え、目指す場所、「自分自身の経験を活かせるなら」ということを伝えると学校側や藤島監督に理解してもらい、7年ぶりに「女子サッカー部監督」という立場で昌平高校に戻る。

 「赴任当初は同好会のような雰囲気で、部に在籍していた選手もたち昌平に女子サッカー部があるという事を入学してから知った選手がほとんど。高校からサッカーを始めた選手も多くいました」という。それは昌平男子サッカー部でコーチをしていた時と似た雰囲気だったかもしれない。そんな女子サッカー部を芳賀監督は心から「強化していきたい」と感じ、部員に自らの方針を打ち出す。

 「我々のサッカースタイルやチームとして目指して行くところなど、たくさん話をしました。その中で、とくに今の3年生は色々なストレスがあったと思います。でもキャプテンの遠藤潮里(3年)は本当によく理解してくれて、みんなをまとめてくれました。凄く感謝しています」。

 遠藤は「確かに3年生にしか分からない苦労はあった」と話す。そして「その中で芳賀監督と積み上げてきた、2年間は本当に貴重な時間だった」とも。監督が変わって、当初は戸惑いや気持ちのすれ違いなどもあったのかもしれないが、次第に芳賀監督の情熱や想いが遠藤に伝わり部員たちにも伝わるようになっていく。

 そこから芳賀監督は「個の育成」を前面に出して指導を進める。「個人的にサッカーの原点はドリブルだと思っているので、“止める、蹴る、運ぶ”が重要だと。その中の“運ぶ”の部分を私は大切にしていて、運ぶためにまずはボールを自由に扱えないといけない。これは昌平としては絶対に大切にしている部分です。ボールに遊ばれずボールで遊ぶ。それが自由にできれば、パスもシュートも色々な事ができるんです。時間はかかるけど、そこにはチャレンジしないといけない」。

 この芳賀監督の考えにより、練習では長い時間をリフティング、ドリブル、1対1などに割いている。勝利を直線的に目指すのであれば遠回りな練習かもしれないが、「ボールを自由に扱うということ吹っ飛ばして、シンプルに止めて蹴るだけのサッカーにしても、女子サッカーはそこで息詰まる」ことを宮城での経験で習得している。そして積み重ねた経験から選手に伸びしろを作る大切さも芳賀監督は知っているのだ。

昌平女子サッカー部 芳賀大祐監督

 芳賀監督の指導は、高校からサッカーを始めたという選手にも浸透していく。辻さくら(3年)は「技術練習を多くやるようになってからは、初心者の私でもドリブルとかが各段にできるようになり、純粋にサッカーが楽しめるようになりました。このサッカーは本当に技術が必要だけどとても楽しいです。最初は何気なく始めたサッカーが、今では大切なものになりました」と語る。「最初はパスを出してもらって、チョンと触ってゴールしかできませんでした。でも今では自分からドリブルでボールを運び、シュートを打てるようになったりして“成長したな”と思っています(笑)」と屈託のない笑顔で昌平での成長を話してくれた。

 芳賀イズムは田中美玖里(3年)と紺野さくら(3年)からも感じ取ることができる。「他のチームは足が速いとか力が強いとか蹴って走るというサッカーで押し込んでくるけど、私たちは力で押し込むのではなく、個の技術で押し込む。足が速くなくても、技術やタイミングで相手の裏を取るとか。そういうサッカーができるようになる芳賀監督の練習に毎日こだわりをもって取り組めています。他のチームには無いし、やりがいがあります!」。芳賀監督の大切にしている「個の育成」はしっかりと根付いてきているようだ。

 現在昌平高校女子サッカー部のスタメンは、じつはほとんど下級生が占めている。レギュラーの河合里咲(2年)と風間星(1年)も最上級生ではない。それでも「みんな仲が良く、3年生は本当に優しい」と笑顔で話す通り、レギュラーだけでなく部員全員が仲良く楽しくサッカーをしている。全体練習後にもリラックスして、自主練習をしていたのが印象的だった。

 そんな仲の良さは、女子サッカー部だけのものではない。基本的に昌平高校女子サッカー部は水曜日をオフにして週6回の活動。練習場所は他の部活動と協力しながら、グラウンドをシェアして使用しているのだが、芳賀監督曰く「男子サッカー部やラグビー部は全国でも強豪校なのに、みんな気をかけてくれている」そうだ。また練習では男子サッカー部のGKコーチが指導してくれたり、男子サッカー部の公式戦にみんなで応援に行ったりと交流も盛んだ。

 芳賀監督は男子サッカー部監督の藤島監督の事を「男子サッカーだけが強くなれば良いとか全く思っていなくて、学校全体を考えている」と話す。そして「グラウンドの使い方ひとつとってもそうなんですが、女子サッカー部のために全体を調整してくれたり、公式戦もグラウンドを空けてくれて昌平で試合ができるよう配慮してくれていて。学校全体としても女子サッカー部に色々な支援をして頂いていることもあり、恩返しをしていきたい」と感謝の意を忘れない。

 取材当日も藤島監督は女子サッカー部の練習を見学しており「あいつ上手くなったなぁ」や「いいサッカーしてるなぁ」などと口にしており、直接的にアドバイスはしていなくても、選手のことを気にかけているのが感じ取れた。

 技術を重んじながら、選手個人の判断力でサッカーを展開している昌平高校男子サッカー部のスタイル。そのスタイルが昌平高校女子サッカー部にも根付いてきており、女子サッカー界に旋風を巻き起こそうとしている。

 「男子サッカー部、女子サッカー部の両方で日本一を取りたいですね」という想いを熱く語ってくれた芳賀監督。東北で出会い埼玉でともに夢を追った藤島監督との二人三脚は時を経て再び実現した。女子サッカー界に革命を起こし、本気で日本一を目指している芳賀監督の昌平高校女子サッカー部。そして藤島監督が率いる男子サッカー部。2人の熱量からすると、昌平高校男女サッカー部が同時に栄冠を掴む日は、そう遠くないのかもしれない。