新潟医療福祉大学MFオナイウ情滋(写真提供=新潟医療福祉大学サッカー部)
2005年の創部以来、多数のプロサッカー選手を輩出するなど北信越の強豪として知られる新潟医療福祉大学サッカー部。所属の北信越大学サッカーリーグ1部では今季、創部初の全勝優勝を達成し、リーグ6連覇を果たした。そんなチームにおいて2023年にベガルタ仙台への加入が内定を決めたのが、フランスのトゥールーズでプレーするオナイウ阿道を兄に持つオナイウ情滋。スピードを活かしたプレーが身上のサイドアタッカーに、大学時代で成長した部分や現時点でのストロングポイントなどについて話を聞いた。
――試合や練習ではどんなことを意識してプレーしていますか?
自分のようなプレーヤーは、相手が対策をしてきた時にどうするかが大切だと思っています。自分のプレーは縦に行くことが多いんですけれども、対策された時のことを考え、常に練習から「次はこうしてみようかな」とかいろいろなことを試すようにはしています。試合だったら2枚、3枚とか自分に来ますし、「そういう場合はどうしたらいいか?」と考えながらプレーすることは自分の成長する材料になると思ってるので。自身が成長する糧という意味も含めて、自分のストロングポイントを消しに来た相手に対してどうするかということは、常に考えてプレーしています。
――新潟医療福祉大に進んだ理由を教えていただけますでしょうか?
もともと高校卒業後にプロに行きたいと思っていて、それを目指して高校3年間やってきたので、大学からもお誘いの話があったんですけれども、あまりそういう話を受け付けていなくて。いろいろとプロのチームに練習参加とかもしていたんですけれども、結果として難しいということになって。時期的にプロチームからの結果が出るのが遅くなってしまったんですけれども、新潟医療福祉大の佐熊監督が自分のプレーを気にかけていてくれてたようで、声を掛けてくれて。
関東など、実家から近い大学でプレーする方が楽かなと思ったこともありましたし、周りからも近い大学を薦められたこともあったんですけれど、自分の人生に1つ変化を加えるという意味でも新たな環境でチャレンジすることに価値があるかなと思いお世話になることを決めました。
――大学時代で成長した部分はどんなところでしょうか?
自分は親元を離れて新潟に来たんですけれども、今まで自分はどれだけ親に甘えて生活してきたのかなどが身に染みてわかりました。恐らく自分の中でそういう面が緩くなっていたことが、プロに行くことができなかった理由の1つでもあるんだろうなということを理解することができました。そういう自分の緩かった部分を見つめ直していくと、サッカーに対しても向き合い方が変わっていきましたし、いろいろと工夫するようになっていきました。
先ほどお話ししたように、「自分のストロングポイントを消しに来た相手に対してどうするか?」ということを考えてプレーするようにもなりましたし、「自主練でこんなことを取り入れて試合で試してみよう」とか、サッカーのことをしっかり考えるようになったと思います。それはプレー面だけではなく、「何時に寝よう」とか「何時にご飯を食べよう」とか、サッカーのために生活の基準も見つめ直すようになりました。サッカーのことを第一に考えながら、日々の暮らしを送ることができるようになったのは、人間としても成長できた部分でもあるのかなと思っています。