名門・帝京時代を振り返ってもらった

――ある種のプライドみたいな?

 うん、プライドですよね。「高校生でプライドなんかあるのか」と思う人もいるかもしれないけど、帝京のサッカー部にいた人は分かると思う。今でも「よく生存して卒業できたよな」って笑い話にしたりするのも、半分本気で思っている。校庭で吐いているやつもいたり、ゴールネットに絡まって動けなくなったりしているやつもいた。今の時代だったら問題になるんじゃないかなって思うくらいでした。でも当時はみんなが「帝京で頑張りたい」という気持ちがあったから、それが問題なんて微塵も思わなかった。

 だから、暴力行為を肯定するわけじゃないけど、僕自身は厳しい指導も必要なんじゃないかなと思う部分もあるんです。高校時代は苦しかったし、嫌な思い出しかないけど、でも時間が戻って、またどこの高校に行くかってなったら、帝京に行くと思いますね。

――現在、東北学院の臨時コーチとして指導していますが、今の高校生をどう見ていますか?

 言い方は良くないかもしれないですけど、自分たちの時よりも「ゆとり」なのかなって。僕らの時って集合の号令がかかったらダッシュで集まって、ビシッと立って先生の話を聞くのが普通だった。でも今の時代は先生も強くは言えないし、良くも悪くもそういうメリハリをつけるのが難しいのかなと。

――技術面はどうですか?

 ボールを繋ごうとするチームが増えているぶん、1個1個の質は上がってきていますよね。でも昔と比べて1人で打開できるような圧倒的な力強さを持った選手が生まれづらい環境でもある気がしています。選手たちが組織の中で生きようとしすぎて、自分の色を出しづらくなっている。昔は帝京にしても国見にしても、つなぐだけじゃなくて、前線の個を活かしてロングパス1本で打開するとか、そういうチームが多かった。今はつなぐことに重きを置きすぎてしまって、選手の個性が薄れてきてしまっているのかなというイメージはありますね。

――関口選手がいた当時の帝京と国見の試合は今見ても色褪せない迫力がありますね。それこそ国見には怪物と呼ばれた平山相太さんがいました。

 今はそういう“怪物”と言えるような絶対的なストライカーが減ってきていますよね。僕より上の世代を見ても、(大久保)嘉人(元国見)さんとか(田中)達也(元帝京)さんとか、ドリブルができて力強くて、そういう飛び抜けた武器を持つ選手がいたじゃないですか。今はみんな平均点くらいで戦っているような印象がありますね。

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